「アレルギーがあると、いじめられそう?!」

こんにちは。“自分の未来”が描けないあなたのライフコーチ  大坂和美です。

最近、ある方から「アレルギーがあると、いじめられそう」そんな声を聞きました。それを聞いた私の感想、、、「ん??   どうしてそうなる??」

「 アレルギーがある → いじめられる 」その構図が成り立つ為には

・アレルギーは可哀そう
・アレルギーの子は、他の子より劣っている
・アレルギー子は、からかわれて当然

そんな前提が必要になってきますよね。だって、その前提がなければ、アレルギーが理由でいじめを受ける、なんて、なんの論理性もない話だから。

ということはつまり、「アレルギーがあると、いじめられそう」と発言した方の中に、無意識かもしれないけれど、アレルギーは可哀そうだ、他の子より劣っている、からかわれて当然、そんなふうに捉えるフィルター(見方)がある、ということなんです。

そこにあるのは、「アレルギーがある」という事実だけ にも関わらず、人は皆、その事実を自分のフィルター(見方)を通して見ているんですよね。

そして、そう見ているのは、子供ではなく、大人のほうなんです。

子供はもともと、お互いの違いを「そういうものか」と事実だけを受け取って、良いとか悪いとかジャッジはしないですから。我が家のアレルギーっ子達の場合もそう。周りのお友達から、「アレルギーがあるんだね」「これは食べたらダメなんだね」と言われることはあっても、「アレルギーがあって可哀そうだね」なんて言われたことは一度もない。本当にないんです。もし、あるとしたら、それは、大人に言われたことに影響を受けている。

そう考えると、つくづく、私たちは、大人になる過程で、親や社会から「ふつう」を押しつけられて、「違い」に対して敏感なフィルターを獲得するんだな、と思わされます。特に日本では、みんな一緒、ということが美徳とされてきましたからね。

でも、「違い」が、そのままに認められ、多様性が尊重される環境があってこそ、この自分で良いんだ、という自己信頼のもと、人は進んでいけるんですよね。だから、まずは、アレルギーっ子の親御さん自身がアレルギーのことをジャッジしないでほしいな、と思うのです。親の影響力は絶大ですから。

フィルター(見方)はいかようにも変えることができます。どんなフィルター(見方)で見ることが、自分にとっても、こどもにとっても望ましい未来につながるんだろう?ぜひ、そんな観点でフィルター(見方)を選択してほしいな、と思うのです。